9 月 03 2008

伝統建築 traditional

Published by 遠州

日本の伝統建築は、仏教や禅宗などアジア大陸から伝来した宗教から導入された建築技術に影響され、発達し洗練されていった。朝鮮半島や中国から取り入れられた大陸建築のスタイルは、当初こそ、忠実にその様式が寺院建築などに再現されたが、やがて日本人の気質や日本の風土に合うようにアレンジされていき、日本建築を構成する重要な要素に変遷してゆく。一方、神社の伊勢神宮に代表される日本土着の民族的建築スタイルが、古来より厳然と維持され、その精神は現代に到るまで日本建築の美の源となっていた。言わば、日本の伝統建築は、神社・書院・茶室が顕わす簡素・軽快・清廉というような趣と海外から移植された大陸建築が顕わす重厚・装飾的・豪放といった面の二重性を纏ってきた。その二重性をハイブリッド化して、日本的なスタイルを編集してきた洗練と純化の歴史が日本の伝統建築の形式を創り上げていったと言える。現代では遠い過去の文化財として、歴史が断絶してしまったような懐古的な観点から評価される伝統建築だが、そこには近・現代的な合理主義では割り切れない歴史に培われた形式や美学がある。また空間やプロポーションなど造形、構成面において現代の眼から見直しても優れた審美性が見出せ得るし、数百年古来から現在に到るも不変の価値が存在する歴史の連続性が感じられると信ずる。ここでは、現代の自分の拙い眼識を通して対象となる伝統建築と向かい合った時、先人たちの足跡から啓発され感じ取った記憶を記事として報告し、伝統建築に表れている精神が現代にも啓示を与えてくれることを伝えていきたいと思います。

A tradition architecture in Japan was influenced by the building technique which was introduced from the religion which was introduced from the Asian Continent such as the Buddhism and Zen Buddhism, it developed and was polished. At first, the form was faithfully reproduced by the conventual architecture and so on but Korean Peninsula and the style of the continent architecture which was taken in from China change into the important element which is arranged to fit the temperament of the Japanese and the climate of Japan finally and composes a Japanese architecture. On the other hand, it is Ise-jingu at the shrine. The racial architecture style of Japan’s settle which is represented in the boiling was more sternly maintained than the ancient times and the mind became a Japanese architecture beauty source until it resulted in today. Especially, whipped zest such as the simplicity of the shrine, the study and the teahouse and so on, the lightness and the incorruptibility and the duality of the surfaces such as the solidness of the continent architecture which was transplanted from the foreign countries, being fancy and being bold by the tradition architecture in Japan. It fuses and it is the one of Japan’s uniqueness in the duality. It is possible to say that the history of the refinement and the sublimation which edited a style creates the form of the tradition architecture in Japan up. As the cultural asset in the past which is far in today,it is the tradition architecture which is evaluated from the recalling viewpoint as the history had become extinct but there are a form and aesthetics which was cultivated by the history which doesn’t divide by near and the modernistic rationalism there. Also, it is possible to find the aesthetics which is excellent even if it reconsiders from the eyes in today in the molding, the aspects of the composition such as the space and the proportion. The continuity of the history where the invariable value exists about leading in the present from the hundreds-of year ancient times, too, is believed to be felt. It thinks that it wants to show to report the memory which was edified from the footprint of the forerunners by the individual when facing the tradition architecture which becomes an object through the clumsy insight of it in today and was sensed as the article and that the mind which is expressed in the tradition architecture preaches in today, too.

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24 Responses to “伝統建築 traditional”

  1. 伊神on 14 10 月 2008 at 2:59 PM

    こんにちは、伊神です。慈光院は堀口捨巳の戦中の隠居所でした。ここで思索した茶室研究の成果は戦後に学術論文として、また作品としては自邸をはじめとした茶室に顕現されています。わたしは、深閑なるアプローチのデザインに感激したしました。土地を抉った鋪道には作者の怨念めいたものが感じられます。

  2. 織部on 18 10 月 2008 at 3:57 PM

    「草庭」によると、堀口氏は戦中に逗留していた慈光院で敵機の掃射を受け、危機一髪という経験をされているようですね。アプローチについては自分も慈光院を訪れた時、表門から何度か折れ曲がった石敷きの路の両側に路をつくるため切り通した山の断面(土や木の切株)が露出している光景が印象的で、山郷の寺院に向かうような閑寂な雰囲気を感じました。

  3. 伊神誠治on 18 10 月 2008 at 10:25 PM

    貴殿はどうしてペンネームを織部にしているんですか?

  4. 織部on 25 10 月 2008 at 12:09 PM

    ペンネームを織部から遠州に変えました

  5. 伊神on 28 10 月 2008 at 9:38 PM

    織部改め遠州殿へ
    だったら何故に遠州なんですか?
    ところで、遠州に関する下記の本が出版されました。

    シリーズ 京の庭の巨匠たち 3
    ■『小堀遠州』-気品と静寂が貫く綺麗さびの庭-
    写真:田畑みなお、北岡慎也 監修:野村勘治
    執筆:小堀宗実、中村昌生、野村勘治
    座談会:荒木かおり、熊倉功夫、小堀卓厳、野村勘治
    発行:京都通信社 定価:2,500円(本体2,381円+税5%)A4・120p
    あまたの茶人が流儀を競うなかで、千利休、古田織部と並び称される
    までに新しい茶の世界を切りひらいた小堀遠州。歌を詠み、花をいけ、
    端正でやさしさに満ちた美を追究しつつ王朝趣味に生きた遠州には、
    死をもって生を表現した利休・織部の悲しさはない。狩野探幽に豪華
    美麗な障壁画を描かせ、草庵の囚われを排除して書院を茶室にして
    端正な品格をつくる。しかも中国、朝鮮半島、ひいてはオランダの焼き
    物を注文して茶道具とする趣味人。多彩な交遊関係・パワーバランス
    のなかで寛永のサロン文化と美術工芸品に囲まれて日々を楽しむ遠
    州は、徳川に仕える大名でもある。郷里の近江と琵琶湖を思いつつ、
    絵画や建築、茶室、庭をプロデュースし、それぞれの調和と一体感の
    創出に新境地を見だした遠州は、日本文化の系譜に巨大な足跡をし
    るした。その遠州好みを追究するにつれ、遠州の「よくぞここまで」とい
    う徹底したこだわりと研ぎ澄ました感性が見えてくる。

  6. 遠州on 31 10 月 2008 at 8:26 PM

    伊神殿へ

    伝統をテーマにした時、利休・織部・遠州の三大茶匠の名前が頭に浮かびました。先達の利休・織部のように権力者の命で非業な最期を遂げることなく、朝廷と徳川幕府という二大権力の狭間に立って優れた仕事をしながら、生涯を全うした芸術家、遠州の生き方の旨さに魅力を感じています。

    遠州の本の紹介、ありがとう。今度、南洋堂で見てきます。

  7. 伊神on 10 11 月 2008 at 10:33 PM

    翠棟B殿、神代雄一郎の『日本建築の美』はいかがでしたか。

  8. 伊神誠治on 11 11 月 2008 at 9:54 PM

    数年前、京都東福寺で見た庭園の作者、重森三玲の名著「枯山水」が復刻されました。因に初版を私は持っています。

    書籍名: 枯山水
    著者名: 重森三玲
    発行所: 中央公論新社
    内容・概要
    稀代の名作庭家、重森三玲が、古文書解読と実測調査分析から来歴と発展を分析、美の小宇宙を体現する魅力を描いた幻の名著を復刻。解説・齋藤忠一。

  9. 遠州on 13 11 月 2008 at 9:11 AM

    復刻名著の案内、感謝します。
    南洋堂のウエブサイトで見てみました、が枯山水につぃて凄いボリュームで著わしていますね。

  10. 重源on 25 11 月 2008 at 9:36 PM

    本日、午後8時からNHKBShiで桂離宮の特集が編まれたようだが、拝見されましたか?いつもNHKはハイビジョンでの放映を行っているんですが、どうして通常のチャンネルで放映してくれないんだろうか?「至高の日本建築を細部まで体感する」という肩書きだが、どういったカツラを体現させてくれるのか、INAXの石元氏の発言もあるが、日々変容する桂の美をどのように理解すべきだろうか、遠州さんは桂のどこに魅了されますか?これからは重源を名のります。

  11. 重源on 15 1 月 2009 at 10:35 PM

    京都に残る皇室ゆかりの建物や庭園を、朝日新聞と宮内庁の協力で写真や映像に残す作業が進められ、本年は桂離宮、修学院離宮が11月から始まるが、既に京都御所は撮影が終了しており、秋には写真集が出版されるようだ。写真家は三好和義(50)が担当している。京都御所は小御所や御常御殿など、一般には立ち入れないゾーンにカメラを入れての特集らしいです。本年の4月にはいままで一般には立ち入れない箇所まで公開するらしいのですが、茶室「聴雪」は観られるのかなあ〜。

  12. 遠州on 17 1 月 2009 at 2:03 AM

    天皇皇后両陛下御結婚満50周年を記念した4月の京都御所特別公開は小御所や常御殿などの例年の一般公開コースに加えて北奥の皇后の御殿や飛香舎、親王の住いだった若宮・姫宮御殿などを初公開するらしいんですが、茶室「聴雪」はコースに入ってないようです。個人的には、岸田日出刀が「過去の構成」や「京都御所」で撮った紫宸殿の南縁に裏の高廊や白砂の庭、それを囲む清涼殿、萩坪などをじっくりと再見したいと思いますが、ゆっくり観察する時間はないでしょうね。

  13. 重源on 03 2 月 2009 at 9:52 PM

    遠州様

    貴殿に関する学究的な本が出版されました。小堀遠州の研究もかなり進んできた旨がわかる中身の分厚い大著であります。とくに茶会に関する文献が事細かに掲載、分析され当時の寄すがを知るには格好の文献資料ともなります。値段は高価ですが、価値は今後値段以上に急騰すること間違いない本だと思われます。一度拝見してみてはいかがでしょうか。下記は出版社(柏書房)のサイトです。

    http://www.kashiwashobo.co.jp/cgi-bin/bookisbn.cgi?cmd=d&isbn=978-4-7601-3189-1&backlist=1

  14. 遠州on 06 2 月 2009 at 10:26 PM

    「小堀遠州の茶会」 確かに、800頁に及ぶ長編の大著で価格もえらい高価(¥12,600)ですね。この価格だと、
    中身を見てないから判りませんが、貴重な写真がたくさん掲載されていると推測されます。検索したら流石に南洋堂には置いてませんでしたが、紀伊国屋書店や三省堂には在庫があるようですので、一度手にとって見てみようと思います。情報、感謝致します。

  15. 重源on 16 2 月 2009 at 10:23 PM

    岸田日出刀の『京都御所』相模書房(函付き)であったらいくらで買いますか?値段次第で譲ります。

  16. 遠州on 18 2 月 2009 at 8:14 AM

    コメント、ありがとう。お薦めの「京都御所」岸田日出刀著 ですが、ひと足早く古書店より購入させて頂きました。

  17. 重源on 24 2 月 2009 at 11:42 AM

    遠州様へ

    わたしが、事務所を退職してすぐに試みたのが、日本建築の見学会であった。その導火線となったのは遠州さんが1997年(わたしが退職を決断した年であった)に企画した「修学院離宮」の拝観が実に大きな影響となった。はじめて建築について批評論文を書いたのもの、この時がはじめてであった。下記はその処女論である。

    「修学院とランドスケープ」
    平成6年9月初旬、ブルーノ・タウトが絶賛したと謂われた桂離宮を初めて見学し、京都周辺の古建築及び、庭園をじっくり味わう機会がありました。その続編とでも申しますか、前回では見ることができなかった茶室を含めた4日間の旅路となりました。今回は、山口氏の図らいで(谷口吉郎展の影響もあると考えられる)修学院離宮の壮大なランドスケープと呼ぶべき空間を体験することができ、大変満足しています。

    修学院離宮(17世紀中期)は、京都の東北部比叡山の麓に近い山腹の傾斜地を利用した、上・中・下の三つの御茶屋を配した雄大な構想で、御水尾上皇作庭の意匠と言われているそうです。特に、上の御茶屋につくられた隣雲亭からの眺望は、手前に広がる広大な浴龍池や西浜とは対比的ではありますが、苔庭の枯山水庭園に借景を取りれた洛北の円通寺と大変良く似ており、雅びな空間(内部より外部空間に対して)への美意識が感じられました。また、下の御茶屋にある壽月観という建物では、間取り(平面図)やプロポーション(立面)等から繊細なストラクチュアが感じられ、外観を飾る紅殻色の壁と白い障子が強いアクセントとなり、この建物をミニマリスティック(現代的な感覚)に見せています。

    2年前、ストックホルムを訪れた際に世界文化遺産に指定されたアスプルンドとレヴェレンツによる森の教会墓地を見ました。75ヘクタールもある土地には、あたかも自然の地形によってつくられたかのような人工的な風景(ランドスケープ)がデザインされていました。それに近い感覚が、この修学院離宮内の上・中・下の御茶屋を繋ぐ「みち」にも感じられました。それは、周辺の自然な風景からは、切り離されていますが非常にネガティブなランドスケープの展開が見られる点です。今後、21世紀に向けて自然環境との共生が叫ばれていますが、ポジティブな風景をつくっていくことではなく、もっとネガティブな風景が自然に生まれたならどんなに良いことかと思います。
    1998年 暖冬 
    伊神誠治

    こうした経験をもとに日本建築とくに茶室空間に魅入られて歩き回った行脚の拙文を下記のように投稿してゆきたいと思っています。(文は其の当時のままの原文である)

    ■場をつくる茶室空間 行脚雑感

    建築旅路倶楽部と称して12月の京都名庭の旅を第一回とし、主に日本の伝統建造物や庭園等を探訪する企画をこれから続けていきたいと考えています。それによって日本の伝統・文化への理解を深め、その内側に秘められたものを掴みとることができれば幸いです。さて、既に見学した横浜の三渓園をはじめとして今回再び京都へ行く機会(山口氏(ここでは遠州さん)の企画)が得られたため、これまでに見てきた国宝・重文の茶室建築についてまとめて紹介してゆきたいと思います。
     ある学者(中村昌生さん)が、茶の湯を構成する要素には社交的なもの、儀礼的なもの、修行的なもの、そして芸術的なものといった四要素に相対化されると言っています。前回では茶室空間における場「ゲニウス・ロキ」との関わりについて言及してきました。今回見学した茶室も同様、さまざまな茶をもてなすための空間が造られており大変興味深いものを感じました。その中で、妙喜庵の待庵や蔓朱院の八窓軒では茶室内での体験が許され、身体的なスケール感覚、距離感(もてなす側と客側との関係)また雰囲気(過去へタイムスリップしたような)を味わうことができ、前述の要素が空間内に巧みに用いられていることがわかります。例えば待庵では究めて機能的に造られた「儀礼的な場」を、また八窓軒では天井や窓への意匠に「芸術的な場」が感じられ、外部を含めた空間構成(平面や断面)においても大きな違いが顕著に現われています。

    □三渓園/聴秋閣−平成10年 4月18日拝観

    実業家で美術愛好家として知られた原三渓(本名 富太郎)によって、明治から大正にかけて造られた横浜市の本牧にある三渓園には、さまざまな歴史的建造物が移築・保存されています。その中でも、内苑内にある月華殿、臨春閣(書院)、聴秋閣、春草廬(茶室)は、主要な建築物として有名であります。午前8時50分、東京駅に集合して横浜からJR根岸線にて根岸駅に向かう予定でしたが、乗り換えを怠ってしまい根岸駅からバスを経由して漸く園内(携帯電話により)で落ち合うことができました。早速、園内の奥(高台)にある月華殿、金毛窟(原三渓作の茶室)を見て聴秋閣へと向かいました。樹木の狭間から見え隠れする桧皮葺の屋根を見ながらシャガ(アヤメ科の花で4月中旬から下旬にかけて咲く)の咲き乱れる中、坂道を降りてくると、目の前に飛雲閣を思わせる楼閣風の外観が現われます。さて、この茶室は小堀遠州のライバルとされる佐久間将監の作(実際は定かではない)と伝えられ、1623年(江戸時代)に二条城内に徳川家光の命で建立されたと言われています。この建物は四面がそれぞれ異なるような複雑な形を呈し、平面上の捻れを屋根の反りや起り(むくり)によって柔らかな感じとしており非常に全体のバランス(2階望楼の位置は絶妙である)が取れたものになっています。正面入口手前にある巨石を中心とした遣水風の造り(特に黒い小石の光る風情)には、明治の造園家である植治(小川治平衛)を思わせる作庭が凝らされていて、この建物の地上から浮いたように見せ、恰も川を流れる舟んい見立てています。残念ながら、室内への出入は禁止とされているため2階の望楼内部は、ある書籍の写真からしか想像できませんが、眺望はちょうど高台にある三重塔と臨春閣前の池泉を風景として取り入れています。移築したとはいえ、原三渓の見事な数寄屋精神(場の捉え方)には、痛く感激する次第です。一方、室内空間を見ると1階杢板四半敷の土間部分は天井の下がり壁とともに書院の座敷と分離されていますが非常にオープンであります。また、茶道口のある階段(急勾配)も次の間(書院)とオープンな関係となっており緊張感を崩した社交的な場を備えた茶室であると感じました。この建物には、対称形が不在であり非対称の美を見事までに表現した佐久間将監のデザイン力量に驚嘆するばかりであります。

    □三渓園/春草廬−平成10年 4月18日拝観

    三渓園内苑から外苑へ移り大池の前にある茶屋で昼の食事をしていたら、目の前にある生け垣から軒の先端が非常にシャープで薄く水平な軽い屋根が特徴の大江宏設計の記念館が見えました。園内にある現代建築としては周辺の古い建築物に配慮しており、なかなか良いデザインであると思われるのですが何か物足りない気もして館内へな入りませんでした。そして、食事を終えて再び内苑に戻り聴秋閣の南にある春草廬へと向かいました。春草廬は、この園内に1918年(大正時代)移築されていますが、もとは伏見城遺構と伝えられており1620年(江戸時代)の取り壊しの際に茶人に渡ったものが京都宇治の三室寺金蔵院に寄付され園内にある月華殿(客殿)に接して建てられたとされ、当時は九窓亭と言われたそうです。春草廬の東側にポツンと腰掛けが造られていましたが、所謂燕庵と同様の割腰掛(相伴用と貴人用を独立して設ける形式)であるとのことですが、春草廬との関係が今一度理解できないので誰かに教えて頂きたいと思います。この建物はもともと接していた客殿の代わりに水屋を含む附属屋が背後に加えられているために全体としてはやや造りが平凡なものとなっていますが、西側から見た茶室の棟と附属棟の屋根の関係は、平面のズレと相まって非常にダイナミック(庇の出)で奥行感のある工夫がされていると感じました。室内では有楽や織部の写しが使われているとのことで楽しみにしていましたが、下地窓や連子窓または躙口からしか覗くことができず、写真やスケッチを便りに記憶する他ありませんでした。特に織田有楽好みと伝える茶室であることから期待して見ましたが、躙口の扱い方に影響があるのみでほとんど感じられませんでした。しかし、室内の構成は、如庵に引けをとらないぐらい斬新(窓の取り方)で、特に給仕口から躙口を見た写真(現実では見られませんでしたが)では、モンドリアン(オランダの画家)の抽象絵画のようで、一切秩序というものがない中からある纏まりを持った空間が表現されていて、これが現代的に見えたのは私だけではないと思われます・・・・。また、点前座と躙口の関係については、客側ともてなす側が同じ方向(出入口は別)から席入するため茶室内に広がりとゆとりが齎されるため個人的には好みのタイプのひとつです。しかし、材料の力強さが感じられないために非常にモダン(現代では槇文彦的な感覚)で、デザインが軽く感じられました。そういったことからこの茶室空間には、遠州や織部や有楽の好みがアッサンブラ−ジュされた芸術色の強い場を感じさせます。

  18. 遠州on 01 3 月 2009 at 1:12 AM

    修学院離宮を見学したのは、1997年の12月。この時は修学院の他に曼殊院、西芳寺や高山寺石水院、高台寺の傘亭・時雨亭、金地院、蓮華寺などを巡礼して京都の洛中洛外を歩き廻ったと記憶しています。重源さんがコメントされているように、この3年前の夏に桂離宮を拝観した折、古書院・中書院・新御殿の各棟が池を望んで雁行して並び立つ姿に「美しさ」を感じたことが、伝統建築という過去の遺産に開眼した契機であったように思います。

    桂を拝観した後、修学院という離宮があることを知り、北の比叡山の麓近くの山地というロケーションに展開する皇族の別荘という桂とは異なる特徴に魅かれて拝観を段取りした次第です。高低差のある高大な敷地に上・中・下と三つのポイントの茶屋が配置され、それを繋ぐ「路」を歩きながら眺める風景の開放感が心地良かったことを憶えています。茶屋を繋ぐ路は、かつては田の畦路がそのまま利用されていたようなので、きっと上皇ら皇族は、田園で働く農夫たちをも風景の一部として愛でながら茶屋への路を辿っていたかと思うと微笑ましい長閑さを感じます。そしてクライマックスは、高台に位置する上茶屋の隣雲亭から眼前に広がる人工の大池越しの彼方に岩倉・丹波の山々を一望する雄大なパノラマでした。その景観は借景という言葉を遥かに超えるインパクトがあり、自然の地形を人力で改造することによってその景観を更に美しく庭園化ししていることに驚きを禁じ得ませんでした。

  19. 重源on 26 3 月 2009 at 9:53 AM

    わたしは、拝観したことがないのであるが、平泉の中尊寺金色堂の仏像が世田谷美術館で200点ばかり見られるそうである。遠州さんが嘗て訪れたことを語っていたときにあの浄土の世界、とくに毛越寺の庭園が、この陸奥の果てに輝いた時代に美を馳せた憶いを感じいったのであるが、どうなのだろうか?それを確かめられる展覧会となっているのでしょうか?見に行かれましたか?

  20. 重源on 02 9 月 2009 at 10:55 PM

    遠州様

    貴殿にとって格好の著書(下記2著書)が刊行されましたぞ!

    ■書籍名: すぐわかる日本庭園の見かた
    著者名: 尾崎博正/仲隆裕/今江秀史/町田香
    発行所: 東京美術
    判型: A5 ページ: 143
    価格(税込): \ 2100 価格(税別): \ 2000
    内容・概要
    イラストによる庭園俯瞰図と写真で、奈良時代から明治時代以降まで各時代の特徴をあらわした17の代表的日本庭園を紹介。伝統的造園技術に精通する執筆陣ならではの視点からその歴史や作庭のねらい、庭の構成および観賞のポイントを解説。
    ■目次
    ・はじめに
    ・第1章 飛鳥・奈良〜平安時代
         概説 「庭」の発祥から「自然風景式庭園」へ
     平城宮東院庭園 よみがえった奈良時代の宮廷庭園
     平等院庭園 極楽浄土の世界をあらわす
     毛越寺庭園 奥州藤原氏が営んだ壮麗な仏教文化
     (庭をみる 1 水)さまざまな水の意匠
    ・第2章 鎌倉〜室町時代
         概説 書院造庭園・石庭・回遊園路の誕生
     天龍時庭園 嵐山を借景とする勇壮な池庭
     慈照寺(銀閣寺)庭園 足利義政が造営に心血をそそいだ山荘
     大徳寺大仙院書院庭園 水墨画の山水を具現した庭
     常栄寺庭園 水墨山水画のたたずまいをみせる雪舟庭
     一乗谷朝倉氏遺跡庭園 戦国時代の栄華をしのばせる豪壮な石組
     (庭をみる 2 木)永続的な創作行為
    ・第3章 桃山〜江戸時代
         概説 庭園文化の変遷と普及
     醍醐寺三宝院庭園 現代によみがえった天下人の庭
     武者小路千家 官休庵露地「市中の山居」 伝い、いざなう空間
     大徳寺孤篷庵庭園 武家文化・茶の湯文化・禅文化の融合空間
     桂離宮庭園 船でめぐり王朝文化を思慕する
     小石川後楽園 大名による庭園文化の開花-大名庭園の先駆的存在
     識名園 のびやかな王宮庭園の世界-琉球の世界文化遺産
     (庭をみる 3 景物)庭を演出する石造品
    ・第4章 明治次第以降
         概説 自然風から永遠のモダンへ
     無鄰菴庭園 新しい時代の息吹を感じさせる近代庭園の祖
     三渓園 雄大な空間構成の中に孤建築を巧みに配した近代数寄者の庭
     東福寺庭園「方丈八相庭」 永遠のモダンを追求した重森三玲の代表作
     (庭おみる 4 石 庭石の好みと時代は
    ・Column
     新羅「雁鴨池」にみる東アジア庭園文化の融合
     浄土変相と浄土庭園/寝殿造庭園/自然環境と禅寺の庭
     同朋衆の芸術観と作庭/様々な姿形の南庭
     伝某作庭の庭が多く存在する理由/室礼による空間芸術を生み出した会所
     醍醐の花見/季節感は茶室内のしつらえで/小堀遠州の多彩な交友圏
     寛永文化と庭園意匠 時代の美意識/庭園を舞台とする演劇的遊興の流行
     本土から伝播した作庭技術・庭園文化
     京都の近代化を象徴する琵琶湖疏水と植治/近代数寄者と煎茶
     重森三玲の美意識の原点
    ・庭園用語集

    ■書籍名: 東京人 2009年10月号 特集 東京 和の建築を見る
    発行所: 都市出版
    判型: B5 ページ: 161
    価格(税込): \ 900 価格(税別): \ 857
    内容・概要
    特集 東京 和の建築を見る
     銅御殿 旧磯野家住宅/旧安田楠雄邸/旧岩崎邸庭園和館
     三渓園 臨春閣、聴秋閣、白雲邸、鶴翔閣/目黒雅叙園
     旧朝倉邸
    ・近代和風建築を味わう7つのキーワード
     1 アプローチ/2 床の間/3 欄間と天井/4 建具と組子
     5 縁側/6 沓脱ぎ石/7 屋根
    ・「東京人」読者特別見学ツアー 旧朝倉邸
    ・座談会 身体の記憶を呼び起す、軽くてモダンな「和」の空間
     藤森照信×隈研吾×小泉和子
    ・「和風」の達人に聞く
     丸山邸 降幡廣信
     一円庵 川上宗雪
     繁柱の家 深尾精一
    ・由緒ある、味わいがあるお屋敷拝見
     山脇邸/一欅庵/冨澤家
    ・和風建築で和食
     赤坂 菊乃井/赤坂 金龍/雑司が谷 寛/根津 はん亭/神田 ぼたん
    ・近代和風建築の楽しみ方
     安養院庫裏/旧古河虎之助邸/旧細川護立邸/乃木希典邸
     日光東照宮陽明門/目黒雅叙園
    ・明治の皇室建築にみる「和風」の創造
     明治宮殿/有栖川宮邸/北白川宮邸/久邇宮邸/赤坂離宮
    ・間取りが引き出す暮らしの記憶
    ・「新興数寄屋」というスタイルを見つけ出した巨匠たち
     吉田五十八/村野藤吾/堀口捨己
    ・和風たてもの見学ガイド
     旧前田侯爵家駒場本邸/蘆花恒春園/山本邸/日本民藝館
     子規庵/古桑庵/旧白州邸 武相荘/吉川英治記念館
     旧古河邸本館/龍子記念館/遠山記念館/星と森と絵本の家
     泰山荘/立花大正民家園/江戸東京たてもの園
    ・旧安田楠雄邸に見る日本建築の技法
     木工事/屋根/左官/障子・襖/畳

  21. 重源on 20 10 月 2009 at 3:16 PM

    「会津さざえ堂・シンポジウム」

    わたしには、前から日本建築のなかで拝観してみたいと思っていて実現していないのが、三つあって、ひとつは、このさざえ堂(福島会津)であり、二つ目は投入堂(鳥取三徳山)、三つ目は浄土寺浄土堂(兵庫加古川)である(順序に差異なし)。創建時も異なり、かたちも、そして立地も異なるこの小さなお堂の魅力は、出立ちが妙に不格好でありながらジャパネス化(和様化)していない無垢な前衛性(かたちは勿論のこと、行為に於いても)にある。今回、はじめて「さざえ堂」について、真面目に話しが聞ける場を用意していただいた。伊勢や桂、金閣、御所などの華麗で美しいと謂われる日本建築にはない、かといって民家のように土臭くはないもの、はたまたバタ臭ささ(西洋にかぶれた)でもないものを・・・此の三つのお堂から享受されるのだが、そのエキスについて大いに議論されること期待したいものである。知らないひとは下記サイトを御利用ください。
    さざえ堂の画像
    http://home.s02.itscom.net/nabe3/newpage20.html
    投入堂の画像
    http://sunami-web.hp.infoseek.co.jp/mitokusan/mitokusan.htm
    浄土寺浄土堂の画像
    http://www010.upp.so-net.ne.jp/teiryu/Hg06.html
    ____________________________

    講演会・シンポジウム

    旧正宗寺三匝堂(通称:「さざえ堂」)構造調査報告会 「会津さざえ堂 いまとこ
    れから」シンポジウム

    概 要
    社団法人日本住宅建設産業協会の協力のもと、東京大学生産技術研究所にて「会津さ
    ざえ堂の構造性能評価」を執り行った。その結果、螺旋構造建築による構造的歪みに
    よる「抜け出し」という現象(柱と梁が外れた状態)が多く見受けられた。本報告会
    にて、調査結果をもとに会津さざえ堂の「いま」を再認識するとともに、「これから」
    、文化財の保存活動について考える。

    会 期 2009年11月14日(土) 13:00〜16:00
    会 場 東京大学生産技術研究所 An棟コンベンションホール
    (東京都目黒区駒場4-6-1 →アクセス)
    プログラム ▼第1部
    報告会 (13:30〜16:00)
    1. 挨拶
     趣旨説明:六角鬼丈(東京藝術大学 名誉教授)
     主催挨拶:佐藤誠次(「会津さざえ堂を愛する会」副会長)
     企画挨拶:神山和郎(「社団法人 日本住宅建設産業協会」理事長)
    2. 基調講演
     「巡る建築 その価値と魅力」 鈴木博之(青山学院大学 教授)
    3. 調査報告
     腰原幹雄(東京大学生産技術研究所 准教授)
    4. パネルディスカッション
     菅家一郎(会津若松市長)、鈴木博之、六角鬼丈、熊倉純子(東京藝術大学 准教
    授)
     進行役:腰原幹雄

    ▼第2 部
    懇親会(16:00〜17:00)
    参加費 無料/懇親会費:1,000円
    申込方法 氏名(ふりがな)・所属(会社名または学校名)・連絡先(メールアドレス
    または電話番号)・シンポジウム参加申込人数・懇親会参加申込人数をご記入の上、
    Email又はFAXにて、下記まで。
    問合せ 「会津さざえ堂 いまとこれから」実行委員会
    東京大学生産技術研究所 腰原研究室内
    Tel:03-5452-6842 Fax:03-5452-6841
    Email:mokuzo@iis.u-tokyo.ac.jp
    主 催 会津さざえ堂を愛する会

  22. 中国人on 09 11 月 2009 at 7:00 PM

    遠州様、こんにちは。
    私は中国の大連外国語学院の4年生です。今は卒業論文を準備しています。
    中日の伝統建築について興味がありますから、このテーマを選びたい。
    日本の伝統建築は禅宗の影響を受け、中国の伝統建築は儒家思想の影響を受けると思います。
    中日の宮殿、庭園、普通の住宅、寺などの面から書きたい。
    しかし、困ることはわが学校はこれについての資料が少ないです。
    遠州様はちょうっとご推薦くださいませんか。
    どうもありがとうございます。

  23. 遠州on 19 11 月 2009 at 5:58 PM

    中国から当サイトを見てメールを送って頂きまして、ありがとう。
    多忙のため、返信が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
    日中の伝統建築について研究し卒論を書かれるとか、大きなテーマで大変ですね。
    仰る通り、日本の寺院建築は宋時代の中国から伝わった禅宗とともに導入された禅宗
    様式の影響が大きく、従来の和様と禅宗様が巧みに融合して日本の寺院建築の様式が
    形成されていきました。

    中国のものは詳しくないですが、日本の伝統的な建築や住宅、庭園などの本質や歴史に
    ついて包括的にまとめられている書籍を下記に推薦します。ネットなどで検索してみてください。

     書籍名    著者名   発行所
    「日本の建築」 吉田鉄郎 鹿島出版会
    「日本の住宅」 吉田鉄郎 鹿島出版会
    「日本の庭園」 吉田鉄郎 鹿島出版会

  24. 重源on 21 11 月 2009 at 10:03 PM

    中国人、遠州様へ

    横やりで申し訳ありませんが、資料について一言あって投稿しました。
    張清嶽(Ching-Yu Chang 1942- 台湾出身)さんを御存じでしょうか。日本の早稲田(1964)で勉強し、南カリフォルニア大学でマスター(1970)を、ペンシルヴェニア大でドクター(1982)をとった建築家であり建築史家です。彼はアメリカの建築家ルイス・カーンに師事(事務所の所員であった)し、師の建築哲学を分析・研究し、東洋の芸術の根っこである「無」の精神に類似した空間的特徴を持っていると絶賛しています。その「無」ないしは「虚」の概念は、やがて彼の日本伝統建築の研究に継承されてゆき、日本の建築・庭園などの本質に迫る画期的論文を提起しました。それは論文「JAPANESE SPATIAL CONCEPTION」であり、そこで日本建築の形而上的空間の概念を解き明かしています。その論文を調べられれば、日本の伝統建築を禅宗的なるものに依存しているという偏狭なる思惟ではなく、日本建築の抽象美を理解していただけると思います。少なくとも形而下(史実)の出来事ではない日本建築の本当の「美」を・・・そうした観点で中国の伝統建築と対峙されることを望みます。それが理解できなければ、やはり形式論に依拠した論としかならないでしょう。遠州さんの紹介した吉田鉄郎の著作は、あくまで日本人からの解釈(美学的に於ける)なので、外国人からはわかりにくいかもしれません。実証的なものであれば、日本の嚆矢は、やはり太田博太郎の「日本建築史序説」が定番です。神代雄一郎の「日本建築の空間」もお勧めです。

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