<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	>
<channel>
	<title>鹿苑寺金閣　Kinkaku,Rokuon-ji Temple へのコメント</title>
	<atom:link href="http://www.archi-channel.com/2009/09/30/%e9%b9%bf%e8%8b%91%e5%af%ba%e9%87%91%e9%96%a3%e3%80%80kinkakurokuon-ji-temple/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.archi-channel.com/2009/09/30/%e9%b9%bf%e8%8b%91%e5%af%ba%e9%87%91%e9%96%a3%e3%80%80kinkakurokuon-ji-temple/</link>
	<description>建築における「日本的なもの」　It places an architecture " The Ｎｉｐｐｏｎ one "</description>
	<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 16:59:27 +0000</pubDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.7.1</generator>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
		<item>
		<title>遠州 より</title>
		<link>http://www.archi-channel.com/2009/09/30/%e9%b9%bf%e8%8b%91%e5%af%ba%e9%87%91%e9%96%a3%e3%80%80kinkakurokuon-ji-temple/comment-page-1/#comment-697</link>
		<dc:creator>遠州</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Oct 2009 23:22:09 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.archi-channel.com/?p=1071#comment-697</guid>
		<description>昭和25年（1950）に焼失する前の金閣は、風化で金箔が剥げ落ち下地の黒漆が露出し古寺のような状態であったようです。昭和30年（1955）、京都大学の村田治郎博士らの指導によって金閣が再建され、現在見られるように二層三層に金箔が張られたのですが、焼失前の金閣の姿は、明治３７年（1904）の解体修理の際に三層のみ金箔を張ったものであったと謂われています。つまり、焼失前は三層のみが金箔張りであったものが、再建で新しく二層にも金箔が張られたということらしい。再建当初は、明治の修理を踏襲して三層のみ金箔張りにする予定だったのだが、再建の指導的立場にあった村田治郎博士が明治の修理の際に出た古材（二層の隅木）からわずかに金箔の痕跡があることを発見したことから当初計画を変更して二層も金箔張りにしたようです。但し、本文にも書いたように建築史家宮上茂隆氏は、この再建金閣の姿に異議を唱え、創建時の金閣復原図では金箔張りは三層のみで二層は黒漆塗りであったと指摘しています。

昭和62年(1987)に金箔張り替え大工事をした金閣は、今もピカピカに輝く金色を維持しています。金閣へ向かい、木立の奥に金色の光りが見え始めると、大概の観覧者は驚きの声を発してしいるのを耳にします。それは、突然現われた予想を超える金色の輝きに魅入られたかのよう。建築の形を観る前に表層の装飾や色に反応してしまうのと同じように、金箔の輝きには抗しがたいように思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>昭和25年（1950）に焼失する前の金閣は、風化で金箔が剥げ落ち下地の黒漆が露出し古寺のような状態であったようです。昭和30年（1955）、京都大学の村田治郎博士らの指導によって金閣が再建され、現在見られるように二層三層に金箔が張られたのですが、焼失前の金閣の姿は、明治３７年（1904）の解体修理の際に三層のみ金箔を張ったものであったと謂われています。つまり、焼失前は三層のみが金箔張りであったものが、再建で新しく二層にも金箔が張られたということらしい。再建当初は、明治の修理を踏襲して三層のみ金箔張りにする予定だったのだが、再建の指導的立場にあった村田治郎博士が明治の修理の際に出た古材（二層の隅木）からわずかに金箔の痕跡があることを発見したことから当初計画を変更して二層も金箔張りにしたようです。但し、本文にも書いたように建築史家宮上茂隆氏は、この再建金閣の姿に異議を唱え、創建時の金閣復原図では金箔張りは三層のみで二層は黒漆塗りであったと指摘しています。</p>
<p>昭和62年(1987)に金箔張り替え大工事をした金閣は、今もピカピカに輝く金色を維持しています。金閣へ向かい、木立の奥に金色の光りが見え始めると、大概の観覧者は驚きの声を発してしいるのを耳にします。それは、突然現われた予想を超える金色の輝きに魅入られたかのよう。建築の形を観る前に表層の装飾や色に反応してしまうのと同じように、金箔の輝きには抗しがたいように思います。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>重源 より</title>
		<link>http://www.archi-channel.com/2009/09/30/%e9%b9%bf%e8%8b%91%e5%af%ba%e9%87%91%e9%96%a3%e3%80%80kinkakurokuon-ji-temple/comment-page-1/#comment-690</link>
		<dc:creator>重源</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Oct 2009 14:23:00 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.archi-channel.com/?p=1071#comment-690</guid>
		<description>遠州様へ

金閣寺の歴史的変遷など仔細な調査・見学の成果、興味深く拝読させていただきました。ところで、現況の金閣寺の金箔の範囲は、焼失した以前の状態を踏襲しているのでしょうか？いまのでは何か中途半端なように見えます。わたしが憶うのは、殆どのひとは金閣のかたちを美しいとしているのではなく、あの金箔の輝きのレアな妖気に惚れ込んでいるんじゃないでしょうか、どうですか？</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>遠州様へ</p>
<p>金閣寺の歴史的変遷など仔細な調査・見学の成果、興味深く拝読させていただきました。ところで、現況の金閣寺の金箔の範囲は、焼失した以前の状態を踏襲しているのでしょうか？いまのでは何か中途半端なように見えます。わたしが憶うのは、殆どのひとは金閣のかたちを美しいとしているのではなく、あの金箔の輝きのレアな妖気に惚れ込んでいるんじゃないでしょうか、どうですか？</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>伊神誠治 より</title>
		<link>http://www.archi-channel.com/2009/09/30/%e9%b9%bf%e8%8b%91%e5%af%ba%e9%87%91%e9%96%a3%e3%80%80kinkakurokuon-ji-temple/comment-page-1/#comment-678</link>
		<dc:creator>伊神誠治</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Oct 2009 01:59:32 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.archi-channel.com/?p=1071#comment-678</guid>
		<description>文章が切れています。重源</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>文章が切れています。重源</p>
]]></content:encoded>
	</item>
</channel>
</rss>
